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その夜も私は灯火を消して、框に掛けた鎧の中に凝つとこの身を閉ぢ込んで、怖ろしい無念無想に沈湎していた。

B――然しお前が死んでしまったら、その喜びはどうなるのだ、その喜びを楽しむお前自身はどうなるのだ。

「どうもありがとうございました」

詩に就いて述べられたことは略々そのまま所謂芸術の一般に、又道徳・信仰等々に就いても述べられ得る。ストア学徒に従って道徳と学問とを同一視し、又スコラ学徒に従って信仰と学問とを同一視することが出来たとしても、学問は常にみずからを他の一切のものから、みずからに固有な学問性によって、区別しなければならない。

二つの学問性の区別は、真理性の二つの典型を区別することによって、明らかにされるであろう。初め学問性概念を分析した時、学問性が真理性の獲得を意味した筈であったからである。吾々は真理性をどう区別しようとするか。

大里まだ大丈夫かね?

しかし私の申上るのは其事ではありませぬ、K・Rそれは私の亡き妹の名です。

「三箇月になります。」

浦それやさうですとも、無二のご親友の間柄で、死目にも会はれんといふのでは、残念ですからな。

さて又古書の多くは其の附加竄入のあることを豫期して觀察すれば、其末尾に附加されることが多いと同時に、首端に於ても亦附加せらるべきことを想像し得られる。そこで次に予が提供したい疑問は尚書の卷首の方の部分で、即ち堯典より洪範に至る各篇である。是も劉逢祿の考へた如く詩と比較すれば、そこに一の觀察點を見出すことができる。詩は商頌を以て終つている、是はやはり儒家の思想變遷の時期を現はしているのである。大體に於て儒家の思想の發展は、其初は孔子が東周を爲さんといへる如く、周の統を承くるものとして魯を周の位置に置く考へが行はれた、これ詩に魯頌あり、尚書に費誓のある所以である。春秋なども最初は王を以て魯に與へる考へであつたが、其後公羊學の發達に從つて、王を以て孔子其人に與ふる考へとなり、所謂素王説が出來たものである。又孔子は殷の血統を引いている人である、此點より考ふれば詩の編成に於て魯頌の次に商頌を附け加へた意味を理解することが出來る。斯くて尚書に於ても最初の儒家の考は、其編次の方法として、最後に費誓を置いたのに一歩を進めて最初に洪範を置き、殷の遺臣たる箕子が道統を傳へたといふ意義を寓したものと解釋し得る。又尚書に關して漢代から一種の疑問となつている事は司馬遷の採つた史記の材料である。司馬遷は當時尚書に關した材料は今文に取つたことは明かで、近代の今文學者は史記の引用せる尚書により今文が古文に相違している點を發見することになつているが、然るに漢書儒林傳に據れば、司馬遷は孔安國から古文尚書を受けたので、史記に堯典、禹貢、洪範、微子、金縢諸篇を載せているのには古文説が多いと言つている。此に由つて觀れば司馬遷の當時に此等の諸篇は今文説で解釋することにしては、頗る薄弱であつたといふ事が知られるのである。而して此等の諸篇は皆大體に於て周書の大部分の如く或時の或事件を單純に記したものではなく、多くは長い間に亙つた事件の始末を編纂したものであり、而して其内容に立入ると、堯典、禹貢、洪範は一篇の中に幾多の異つた材料が混じていて、長い間に亙り變化した時代の思想を含んでいるものなることがわかる。それで此等の各篇は兎も角書籍編纂の技巧が儒家の間に出來てからのものなることが想像せられる。又其中に插まれている甘誓湯誓は一種の韻文であつて、これは春秋戰國の頃に暗誦で傳へられたものなることを知るに十分である。斯くて此等の諸篇は洪範以後の各篇、即ち五誥を中心とし周公の言辭を主として書いた各篇とは、全く別の體裁のものであることが明かである。

Rの死を傳へ聞いた日の妻の日記には、

津丸そこはひとつ、年末に年賀状をお書きになるようなつもりで……。

吾々は今学問が何であるかをさし当りの問題にしようとは思わない、そうではなくして学問とは一応区別されたる、学問をして学問であらしめる処の学問の在り方(Wesenheit)――学問性――だけを分析して見れば充分である。それであるから例えば学問は諸々の概念の分類と結合とである、というような立ち入った説明は今の吾々の問題には直接に関わりを持たない*。又学問が何を求め何を研究するかということ、例えばそれは事物の原因・原理を研究するというような主張も之を顧みる必要はさし当りない**。吾々が今必要とする処のものは、このような原因、このような原理が、どういう条件に於て求められ研究される時に、その追求なり研究なりが学問的となるかという、その条件なのである。そして学問性が何であるかはおのずから学問が何であるかをも明らかにする出発であるであろう。

達磨返し、しゃこ結び、世帯おぼこ、三ツ葉蝶、新蝶大形鹿子、新蝶流形、新蝶平形、じれった結び、三ツ髷、束ね鴨脚、櫛巻、鹿子、娘島田、町方丸髷、賠蝶流形、賠蝶丸形、竹の節。
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